2014年4月15日火曜日

ザ・マスター(2012) (町山智浩の「映画Q&A」から)

日本で公開されて一年、映画評論家の町山さんがようやくこの作品を解説した。
3月に武蔵野公会堂で町山智浩の「映画Q&A」というイベントがあり、行けなかったが、ラジオデイズ(http://www.radiodays.jp/item_set/show/732)で、この時の録音を500円で売り始めたので、買った。充分有料であることに意義のある音声だった。元々はコーエン兄弟の「バーン・アフター・リーディング」、タルコフスキーの「ストーカー」と、「ウディ・アレンの重罪と軽罪」を解説する予定だったが、今作の解説を希望する声が多く、そして町山さん自身もこの作品のまともな解説が日本に無いということで、ウディ・アレンが「ザ・マスター」に変わったのだった。 
俺は元々芸人・ボーナストラック木村の映画な対談(http://kimuraeiga.seesaa.net/article/356075656.html)のポッドキャストで解説を聞いていたが、やはり俺が聞いてもそれは違うんじゃねぇか?という箇所があり、この映画をどう解釈すれば良いのか、主人公のフレディ同様、(ネットの)海をさまよっていたのだった。

町山さんのポッドキャストでは冒頭、配信後、一字一句書き写すのでなければ内容をブログなどに書いてかまわないと言っており、ここにその内容を、俺の方で調べた追加情報も入れて書き起こそうと思うのだった。

俺は少なくとも2010年以降で最も好きな映画だが、「メイン出演者がアカデミー演技賞に全てノミネートされている中、作品賞にはノミネートされていないのは、話にパンチが無いから」という意見も見たことがある。そのレビュー通り、ストーリーがおもしろい訳ではない。ストーリーに惹かれた訳ではないのに、なぜこんなにもこの映画に取り憑かれるのか、自分でも疑問で、性格さえ知らないブスに一方的に恋した気分で今まできている。だが、このポッドキャストを聞いてかなりすっきりした。ある意味種明かしされたようで残念ではあるが、彼女のことをもっと知ることができて、一生
この新興宗教とセックスと酒と暴力と戦争の、口くっさい魂映画とは付き合っていくんだろうなと、確信させられた。
ただ、この映画にハマってから、以前よりも酒を飲むようになったし、若干鬱気味になったし、シャツはインするようになったし、悪い事ずくめかもしれない。
前知識として、今作にまつわる人たち、宗教。

PTA…今作の監督であるポール・トーマス・アンダーソン。現在43歳。みんな大好きマグノリアの時点ではまだ20代だった。寡作だが世界三大映画祭のカンヌ・ベルリン・ヴェネツィア全てで監督賞受賞経験がある稀代の天才。今作の公式サイトの、他の有名監督たちからのコメントからも、その業界内評価がいかに高いかわかる(http://themastermovie.jp/review.html)。 
PTAのフィルモグラフィ

1.ハードエイト(1996)
 ギャンブルの街にやってきたダサい男が初老のギャンブラーと仲良くなり、攻略法を教えてもらう。ギャンブル街の小金持ちアウトサイダー達の日常を描く、ちょっとしたカイジ。初老ギャンブラーは実は殺し屋。そんなにおもしろくない。

2.ブギーナイツ(1997)
 何にもできないが、チンコだけはでかい男がAV男優になり人気者に。一般社会からははぐれきった仲良したちの、成功と没落の成長物語。専門学校の同級生二人がまさに同じ状況で、xvideosの中で見るたび笑えない。全く同じストーリーのマンガを高校のときに見つけて、むかつきすぎて泣きそうになった。タイタニック前のディカプリオが主役に配役されていたが、親友のマーク・ウォールバーグを推したことで後に全員が成功したのは有名。アカデミー助演男優・助演女優・脚本賞ノミネート。

3.マグノリア(1999)
 ナンパ塾講師や警官やクイズ王たちの、一晩の物語。主人公が10人居るので判別しがたいが、トム・クルーズを主人公とした場合、社会に顔向けできない仕事で成功している男が、仲の悪い富豪の父の死に付き添い、和解する話。DVD特典ではみんなが知りたい、ナンパ塾で販売している実演ビデオも入っている。わざわざトムクルが部屋のセットで、女と茶番の再現映像を演じてるのに全カット。ベルリン金熊賞受賞。アカデミー助演男優(トムクル)、脚色、歌曲賞ノミネート。尚、歌曲賞のエイミー・マンとPTAは親友で、映画内にエイミー・マンのPVのようなシーンが多数ある。サントラも買ったが、エイミー・マンの曲はBGMでなく、逆に曲からシナリオが発想されていると解説あり。

4.パンチドランク・ラブ(2002)
 トイレ用品の小さな会社を経営する主人公は姉三人の中で育ったため、女性恐怖症で癇癪もちの怒りをコントロールできない性格だったが、姉の紹介でメンヘラと運命の出会いをする。そんな中、プリンを買って、応募者全員プレゼントの商品である「マイル」を貯めることを思いつく。ドル箱俳優アダム・サンドラー主演。群像劇だった前作までとは打って変わったが、変態性は隠し切れず。ダウンタウン松っちゃんに「監督はプリンのマイルを貯めた男の話を新聞で読んで映画化したらしいが、そもそもその記事をおもしろいと思う時点で、そんなにおもしろくない人。マグノリアのおもしろさは偶然」とまっとうに批判される。カンヌ監督賞受賞。

5.ゼア・ウィル・ビー・ブラッド(2007)
 1898年、石油の採掘が盛んな時代、とにかく石油を見つけたいエネルギッシュな主人公は、小さい子供を連れて頑張っているお父さんを演出しながら、油田が出ることがわかっている土地を買い成功。土地を売った家族の息子は福音派の伝道師として活動し、二人は20年を経て再会することになる。中盤主人公の弟と名乗る男も登場して共に働くが、実は弟ではなく裏切られる。アプトン・シンクレアの「石油!」が原作。今までの作風から一転して落ち着いた、しかし今まで以上に狂った、深く力強い作風に。アカデミー主演男優、撮影賞受賞、作品賞他8部門ノミネート。ベルリン監督賞受賞。

その後、6.ザ・マスター(2012・ヴェネチア監督賞受賞)、Inherent Vice(2014・製作中)。

ホアキン・フェニックス…主人公のフレディ・クエルを演じる。元々ジェレミー・レナーが配役されていたが、降板後、常連フィリップ・シーモア・ホフマンの「怖いから」という理由によりホアキンに。
兄は23歳でドラッグで死んだ伝説的俳優のリバー・フェニックス。スタンドバイミー(1986)一本で貧乏家庭を救った兄は、俺の中ではインディジョーンズ/最後の聖戦(1989)のインディの子供時代で有名。両親はセックスカルト「神の子供たち」(現・ファミリーインターナショナル、日本支部は渋谷)の宣教師で兄弟も元は二世。
ホアキン、俺の中では若年期は誘う女(1995)の高校生役で有名、その後グラディエーター(2000)で助演賞多数受賞、アカデミー助演賞もノミネート(ザ・マスターで三度目のノミネート)。2008年にラッパーになる夢を諦めきれないと、完全にヒップホップをバカにした引退宣言、奇行を繰り返し、2010年に実はケイシー・アフレック(ベン・アフレックの弟・フェニックス家の妹と結婚した為ホアキンにとっても義弟)の監督作「容疑者、ホアキン・フェニックス」(2010)で世間をだました様子を撮る為のドッキリでした、と種明かし。仕事をせずに制作費で貯金もなくなり、ベン・スティラー他友人を騙しまくって、心配したファンからも見放され、ラップでディカプリオをディスり、業界から干されるかと思われたが今作で復帰。明らか薬やってると思うが誰も逮捕しない。
フィリップ・シーモア・ホフマン…教祖(マスター)、ランカスター・ドッドを演じる。今年2月にヘロインで亡くなった、アルビノかと思うような色白デブ。2013年5月にちょっと今薬をやっていて依存しそうなんでリハビリしますと、施設に入所したことを告白、入院から10日後に現場に復帰していたが、結局またやっていた。アート作・大衆作を垣根なしにこなす名優で、PTAの盟友。ビッグ・リボウスキ(1998)の執事やハピネス(1998)のようなコメディ系の役柄が似合う個性派だが、アカデミー主演・作品賞も受賞したカポーティ(2005)の翌年にミッション・インポッシブル3(2006)に出演するなど汎用性もあり、非常に演技力が高い。リプリー(1999)やパンチドランク・ラブのようなチンピラ役も似合っていた。モデルとなった教祖、L・ロン・ハバードに容姿も似ていることから、PTAからすれば、どんだけヤク中だろうがこの人以外の配役は考えられなかっただろう。遺作は悲しいことにハンガーゲーム2(2013)。
サイエントロジー…今作の主人公・フレディが入信するザ・コーズのモデルになっている宗教団体。トム・クルーズやジョン・トラボルタが入信していることでも有名なアメリカの創価。日本では、アメリカの番組で「日本のファーストレディーが信者の可能性がある」とディスられたことでも一時有名になった(鳩山夫人が「前世でトムクルと親友だった」「寝てたら魂が金星に持ってかれた」「パクパクパク」と過去に言っていた為)。
トムクルは幼い頃から失読症だったが、サイエントロジーの活動で病気を克服できたことも一因となり心酔。「サイエントロジーは私。私自身なんだよ」とまで発言。同胞作りの為、無宗教を通すユダヤ人、スカーレット・ヨハンソンに狙いを定め、制作の権利も持つミッション・~3でキャスティングして皆で勧誘。それが原因で降板したことをチクられた。
その後、恋人だった元信者ナザニン・ボニアディに「サイエントロジーは、勧誘ビデオ出演のオーディションとだまして集まった女優全員に、個別でトムクルをどう思うか聞き、トムクルの彼女探しオーディションをしている」とばらされる。更にばらした罰としてトイレ掃除と教義本の路上販売をさせられ、もちろんそれもばらされる。
わざわざカトリックからサイエントロジーに改宗した元嫁、ケイティ・ホームズからも、娘の教育に悪影響だからと、サイエントロジーが離婚原因にまで発展し、唯一の実子と引き裂かれてようやく少し冷めたようだが、まだまだ信じている。また、信者ということが原因でヒトラー暗殺作戦、ワルキューレ(2008)のドイツでの撮影が制約されたりしたようである。
続いてトラボルタは教祖の本、バトル・フィールド・アース(2000・
ニコ動あり)を製作・主演しゴールデンラズベリー賞を総なめするなど貢献。後に2000年代最低作品賞にも選ばれる。自分にもパワーが身に付いていると思っており、夜会でゴッドファーザー、マーロン・ブロンドが軽く足が痛いと言っただけで、「癒させて欲しい」と手をかざして祈ったのを、更にジョシュ・ブローリンに見られて「ドン引きした」とばらされる。
元々はSF系ラノベ作家L・ロン・ハバードの書いたダイアネティックスという本がベストセラーになり、そのカウンセリングを試しで実践していた人たちが著者のもとに集まり、出版から4年後の1954年にサイエントロジー教会が建てられ、宗教になったようである。
ダイアネティックスは、俺も半分ぐらい読んであきらめたが、簡単に言うと自己啓発本である。
人の心には、あらゆることを完璧にこなせる「分析心」と、過去の嫌な経験を思い起こさせて変な行動をさせてしまう「反応心」、簡単に言うとトラウマがあるが、クリアーという段階の人間になれば反応心が消え、目が悪い人は目が良くなり、耳が悪い人は耳が聞こえ始め、事故にも遭わずに風邪もひかないというのである。なぜならそれらは、全て反応心が原因だからというのである。精神薬やメガネなど必要ない。なーに、メガネ屋も安心してください。徐々によくなるので、色々な段階のメガネを買い替えないといけなくなる。結果的にメガネ屋は繁盛しますと、メガネ市場に対する気遣いまでみせているのである。
また、反応心が多すぎて常識外れの行動を起こす人間は「逸脱」と呼ばれる。ダイアネティックスの公式サイトの、有名人たちからのコメントからも、その業界内評価がいかに高いかわかる(http://www.dntokyo.com/)。 
そんな平和なバカだったが、何冊か本を出していくうち、カルト丸出しの教義になっていった。その内容はサウスパークでもアニメ化されているが(http://himado.in/10401)、町山さんのブログを引用すると以下のような教義である。 

↓(http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20060529) 
7500万年前、宇宙はジーヌーという名の邪悪な帝王に支配されていた。増えすぎた人口を解決するため、ジーヌーは人々を眠らせ、凍らせ、DC-8そっくりの旅客機に乗せて地球に運んできた。
そして富士山をはじめとする火山に放り込んで殺した(正確にはそこにわざわざ水爆を落とした)。
すると殺された人々の魂(セイタンと呼ぶ)が浮遊したが、ジーヌーはそれを魂キャッチャーで捕まえて、映画館に監禁して、映画を見せた。その映画でセイタンは、キリスト教や仏教やあらゆるサイエントロジー以外の宗教の考えを刷り込まれた。その洗脳されたセイタンは、地球に生まれた人類に入り込んだ。
だから人間は今も混乱し、悩み続けているのだ。

ストーリー全力ネタバレ。

第二次世界大戦が終了。水兵のフレディは、軍人たちが浜で休んでいる中、一人ココナッツを使いオリジナルの酒を製作中。砂でできた女に、皆の前で手マンやピストン運動をして笑いをとったり、下ネタを言ったり野外でしこったりして戯れている。
ラジオで連合国軍が勝ったという放送もそ知らぬ顔で、魚雷に穴を開けて燃料として入っているアルコールを飲んでいる、アル中である。

軍人たちが入院している病院。精神科医により、左右対称の模様の印象を直感で答える『ロールシャッハテスト』を受けるが、フレディはそれを見ても性器名しか言わずに医者を呆れさせる。カウンセリングも「俺を治せるもんか」と、適当に答える。「両親と故郷でテーブルを囲んで、酒を飲みながら笑っている夢を見た」とも。

退院して社会に出るフレディ。まずは写真家としてデパート内の写真館で家族写真や個人写真を撮る仕事に就く。コート販売員の女を口説いて、店の裏で現像液を使った特製の酒を飲ませてBまでいくも、夜のデートでは寝てしまい抱けない。翌日客に暴力を振るって職場から逃げる。
次に黒人と共にキャベツ畑で働き始める。しかし「父に似ている」と慕いかけていたおっさんを、特製の酒で急性アル中にさせてしまう。黒人女たちから「毒盛ったろ」と責められ、走って逃げる。
そのまま逃げていると海辺できらびやかな、ディズニーランドの船みたいな遊覧船を見つける。明らか楽しそうだからというだけで船に飛び乗るフレディ。出港してしまう。

翌朝ベッドで目覚めるフレディ。「心配しないで、ここは海よ」と声がけされ、艦長の前に連れ出される。彼は自称作家で医者で哲学者で物理学者、ランカスター・ドッド。どうやら昨夜フレディは酔って暴れて、しかも船で働かせてくれと言ったらしい。
「君は逸脱しているが、君が隠し持っていた酒が気に入った。また作ってくれるなら密航の罪は見逃そう。着替えて、娘の結婚式に出席しろ」とドッド。こうして出会っちまった二人。
ドッドは結婚式中も式後も、話術とカリスマ性で笑い取りまくり、尊敬されまくり。
翌日、教祖の奥さんから「夫は一晩中執筆してたわ。あなたに刺激を受けたのね(インスパイアされたのね)」と聞かされる。この団体は、コーズメソッドを広める、ザ・コーズ。ドッドは代表の教祖だった。そして団体は、陸の上では恐れる人々や欲深い人々から攻撃を受けている、とも。時は終戦から5年後の1950年で、トラウマを持った国民たちは宗教に頼っていた。
船ではたくさんの信者が催眠療法を受けたり、ヘッドホンで教義を聞いたりしている。フレディは適当な女信者に「ヤリたいか?」と紙を渡すが失敗。

相変わらず危険物を使ってオリジナルカクテルを作り、教祖に飲ませるフレディ。教祖はフレディにプロセシングするかと持ちかける。プロセシングとは顔を近づけ一問一答するカウンセリング。まばたきさせずに即答させる。教祖は、簡単な質問から意味不明な質問、確信に迫った質問と次々フレディに浴びせかけ、トラウマを引き出す。
フレディは過去に叔母とセックスしていて、日本兵とキャベツ畑のおっさんを殺したことを苦にしていて、母は精神病院へ、父はアル中で死んで、自分は地元に未成年の婚約者を放置していた。
婚約者との回想。フレディは海軍として上海行きの船に乗ることを決心。ノルウェーに留学するか迷っていた恋人に「ノルウェーに行け、ノルウェーから帰ってきたら一緒になろう」と約束する。
プロセシングは終了。教祖は「影の支配者のメンバーか?」「共産党と繋がりは?」「宇宙的侵略者との関連は?」もちろん全てにノーと答えるフレディ。リラックスしてタバコのクールを吸う二人。

船はニューヨークに到着。こっちでも催眠療法版プロセシングで信者を幸せにする教祖。女信者は鎧を着た男として自分の前世を経験していた。そこに見物客から横槍が入る。
「それは催眠術と同じではないんですか?コーズメソッドで白血病も治したと書いてますよね?」「ある種の白血病だ。過去の人生をさかのぼり、病気の発生時点で治す。数千年、数兆年前に」「地球の歴史は数十億年です。正しい科学なら意見は多様です。でも一人の意思で動くならカルトと同じだ」(小保方は出ない)「その通り。我々は力を合わせて欠陥を正し、戦争や貧困を排除。核の脅威をなくす。過去への旅を恐れているのか?」「私が恐れているのは白血病患者が…」と、全力論破される。見物客に果物を投げるフレディ。
その後部屋、「情けないわ。なぜ卑屈になる必要が?」とキレる奥さん。「身を守るには攻撃しかない」と。偶然にもフレディは見物客を攻撃。深夜部屋に訪ねてボコボコにして、疑いの芽を摘んだのだった。
翌日「君は悪党だ、獣だ」と、罵りながらもうれしそうな教祖。「君との最初の出会いが気になっている。君はどうだ?」と。二人は前世から一緒だったのか。

布教の旅はフィラデルフィアへ。信者が皆の前で体験談を話している途中、教祖の娘の手がフレディの股間へ伸びる。
夜、女性信者を集めて下ネタソングを歌い、飲みながら踊りまくる教祖。端に座って見つめるフレディ。フレディ主観のまま、教祖の周りの女はなぜか全員全裸になっている。奥さんは妊婦の腹で、老婆も全裸。
その後洗面所、教祖が顔を洗っていると、奥さんが手コキし始める。耳元で囁く奥さん「何をしたって結構よ。私と私の知り合いが気付かなければ。そうでないなら妙な気は起こさないで。おとなしくするのよ。誰にとってもよくないわ。ただでさえ問題を抱えてるのよ。イキそう?イッていいわ。あの妙な酒はやめて」「やめる」「イッて」丁寧に手の精子を拭く奥さん。

夕方、寝ているフレディを起こす奥さん「自分の欲しいものを見つけて、手に入れに行って。そしてここに居る間はお酒はやめて」と約束させられる。起きてエントランスに出たフレディ。早速酒を飲みながら、昼寝している教祖の息子に注意喚起「起きて親父さんの話を聞け」しかし、息子に言われる「何もかもデタラメだよ。わからないか?寝てたって何も損をしない」。即、息子を蹴るフレディ。そこに警察が。教祖は無資格の医師施設に医者ヅラで資金を流用したことで逮捕される。警察に手をあげたフレディもついでに連行される。
刑務所でも暴れるフレディ。教祖はここぞとばかりに
「君は過去、侵略者に捕まり、反応心を植え付けられた」と教義を説くが、フレディも檻越しに反抗し始めた「あんたは家族に嫌われてる!息子にも!」「君は誰に好かれてる?私以外誰に?私だけだぞ。私だけが君を好きだ。私一人だけ」洗脳の最も古典的な言い回しで、ようやくフレディは静まる。

裁判、罰金を払い釈放された教祖。
フレディ不在の食卓で、娘婿はフレディ批判を始める。奥さん、娘も同調。娘は「私を狙ってる」とも。股間を触っていた手は現実なのか、娘の言い訳か。しかし「我々は彼を救わなければならない」と教祖。
後日フレディも釈放される。抱き合い、地面に転げ周りながら再会を喜ぶ男二人。

そこから、フレディへの厳しい訓練が始まる。大勢の信者の前で無意味に壁を行き来して、窓の感想を言わされたり、奥さんとは集中力の訓練として見つめ合ったり、官能小説を聴かされたり、娘婿からは目の前で婚約者や母親への悪口を言われたり。何日も経て、やがて訓練は終わる。

山岳に行く教祖とフレディ。そこに埋めていた「割れた剣」という未発表の原稿を取り出す。
布教はアリゾナ・フェニックスへ。フレディは道やラジオで告知したり、得意の写真を撮ったりする。教祖の演説後、フレディは信者に「割れた剣」が最悪だったと言われ、またも速攻で道に連れ出しボコる。教祖も熱心な女信者から、新しい本はおかしいと指摘され、つい声を荒げてしまう。
教祖とフレディは、娘と娘婿と砂漠へ。そこで、バイクで目標点までめちゃくちゃスピードを出すゲームをする。バイクにまたがったフレディはバイクを飛ばしたまま、そのまま去っていく。また逃げ出してしまった。

婚約者の実家へ行くフレディ。しかし彼女は別の男と結婚して家を出ていた。彼女をずっと想っていたにも関わらず、諦めて静かに帰るフレディ。
映画館で寝ているフレディに、従業員が固定電話を持ってくる。教祖からで、「英国に来い。緊急的な問題を抱えていて、君だけが頼りだ。この方法なら狂気を完全に治せる。タバコのクールを持って来い」と言うのだった。「我々の最初の出会いを教えてやろう」とも。

イギリス支部に来たフレディ。受付で不審がられるも、重なったチラシを手に取り「俺が撮った写真だ」と。教祖の息子に執務室へと案内される。夫婦と再会を果たすが、もはや完全に主導権を握っている奥さんに「望みは何?写真なら必要ない」と拒否される。
奥さんが退室すると、教祖も「君はいつも自由だな」と、なぜ来たのかわからない顔。「君は海を股にかける誰にも束縛されない男、勝手気ままに生きろ、君はマスターに仕えない最初の人間になる」と説く教祖。フレディが最初の出会いについて問うと、教祖は「君と私はパリで伝書鳩通信員として一緒に働いていた」。「ここを去るなら二度と会いたくない。またはここに残るか」問いかける教祖に「たぶん次の人生で」と答える大人フレディ。「次の人生では最大の敵だろう。容赦しないぞ」。泣きながら笑うフレディに、教祖は『中国行きのスロウ・ボート』を歌う。

またも街をさまようフレディ。飲み屋で熟女をナンパし成功。屋根裏で初めての濡れ場になる。騎乗位の動きをとめて、女に矢継ぎ早に質問をするフレディ。プロセシングの真似ごとを始めようとするが、笑ってごまかす「入れ直せよ、抜けちまった」。
砂の女の横に寝そべるフレディ。冒頭と同じカットだがテイクは違い、安らかに見える。

以上が全てのストーリーである。

この作品のテーマ、言いたいことは何なのか。基本的には「フレディを治療することはできるのか?」という話である。
まず左右対称のポスターがロールシャッハテスト的デザインなことから、精神医療についての映画であり、そしてフレディ・クエルのクエルが鎮める、鎮圧する、という意味(quell)の為、フレディの中にある悪魔を鎮圧する話だと、名前で暗示している。
「容疑者、ホアキン・フェニックス」とも繋がっていて、容疑者~ではヒゲとデブ肉で汚くなったホアキンが買春、ケンカ、ドラッグをやりまくりながらアメリカ中を回り、コンサートの最中に客を殴って事件を起こす。この、どうしようもない暴徒をどうしたら静められるのか、という話である。
まず「①映画が完成した経緯」。そしてテーマの鎮静を助ける「②男同士の恋愛」と「③家族」。また、「④ストーリーはセリフではなく、歌で説明される」ということ。そして、「⑤意味不明なシーンは、PTAの好きな映画のパロディ」ということを、私見を交えて書き起こす。

①映画が完成した経緯
PTAがサイエントロジーに関する映画を撮ると報道されたとき、宗教の悪い部分を告発する内容ではないかと噂されていた。
PTAとサイエントロジーとの縁は、マグノリアに出演したトムクルが信者だったこともあるが、それ以上に、パンチドランク・ラブでアートワークとして雇った友人の画家、ジェレミー・ブレイクが信者だったことでも繋がっている。ブレイクは作品に印象的なグラフィックを残し、技術顧問として現場でも画面内にカラフルな光の波紋を加えた。
ブレイクと、映像作家テレサ・ダンカンの美男美女業界人カップルは、共にサイエントロジー信者だったが、教団の影響で被害妄想にとりつかれ、サイエントロジーを訴えようとしていた。2007年7月にテレサが薬物自殺、第一発見者のブレイクも一週間後に入水自殺した。この二人のニュースは注目を集め映画化しかけており、アンジェリーナ・ジョリーも当時ゼロ・グラビティ(2013)を断ってテレサ役で出演しかけた(シネマトゥディ・2010年3月1日)。だが後に頓挫。そのことから、ブレイクと繋がりのあったPTAが映画化するものと思われた。
しかしPTAはゼア・ウィル~以降、常人には真似できない特殊な脚本の書き方、演出をしており、それが今作でも用いられたので、サイエントロジーについて調べていくうち、結果的には全く違う映画になった。
監督のインタビューで、「船の後ろの波しぶきのシーン(ファーストカット、中盤、終盤)が、魂の漂流とかかっていて効果的ですね」と問いかけると「編集の時にいいと思ったから使ったんだ」と答えた。男二人が恋人のように見えるのも、そう撮ったからでは無く、「編集の時に気付いたんだ」とも。
「映画は編集室で出来るものだ。論理より本能で繋いでいる」と言う。それはシナリオでも同じで、いいシーンを思いつくと書く、という事を繰り返している。なので間が無く、省略が多い。

仕事関係なく、ゼア・ウィル~は「石油!」の本の中から、好きな部分だけをシナリオにしていった。それが溜まったので、そのまま撮って映画にした。原作に比べると断片的で、時間配分のバランスがおかしいが、その断片の演出、カメラ、セリフが圧倒的に面白い為、繋ぎ合わせるだけで映画に見えてしまう。一番わかりにくいのが、ポール・ダノ演じる双子である。普通は双子だと示すために合成して二人同時に映したりするが、初見の人は双子だと気付かない。それは「つまらないシーンを撮らない」やり方で作っているからである。
その手法で今作を書き、更に現場でもほとんどアドリブにまかせて変えた。ホアキンに関しては野放しだったので、刑務所の長回しは1950年代の博物館で撮影しているが、歴史的な遺物である刑務所の便器をいきなり蹴り壊している。ホフマンも悪乗りして自分の便器に小便している。この演技合戦はジャンゴ(2012)の出血ハプニングで一瞬戸惑ったディカプリオたちと大違いである。

連ドラの予定だったデビッド・リンチのマルホランド・ドライブ(2001)も、オチや意味は他の人が考えてくれると思って、何も考えず自由に撮っていた。局の色んなディレクター・脚本家が考えることによってどんどんおもしろくなっていくと。今作もホアキンが勝手に足すことによって、どんどん面白くなっている。

ただ、アドリブによる弊害もあり、フレディがバイクで突然去るシーンの前に教祖から心が離れていく決定的なシーンが無かったり、元々デパートのコート販売員とは濡れ場がある予定だったが、酔いつぶれたシーンに現場で変更してしまったので、ヤリチン役の割には序盤で濡れ場が無い。
またアドリブに加え、フレディ目線からしか撮っていないことによる弊害もある。手コキシーン、これも現場で撮り足したが、全編フレディが登場しているのに、唯一フレディが知らない所で起こるシーンである。これが妄想乱痴気シーンの後にあり、寝ているフレディの前にあるアドリブシーンなので、妄想なのか現実なのかわかりにくい。教祖の娘がフレディの股間を触るのも同様である。
しかしそれらは、普通の筋の通った映画とはステージが違うほどの面白さを、今作に与えている。また、最後にしか濡れ場が無いため「これはフレディが、砂の女でなく生身の女にたどり着く映画」という解釈も生まれる。

②男同士の恋愛
愛する女を求めて彷徨っているフレディ。たまたま船の上で出会った教祖は、自作の酒をいくら飲んでも平気で、更に要求してくる。初めて自分の作品が認められたことと、プロセシングによって二人は通じ合っていく。
プロセシングの途中、教祖がやめると「もっとやってくれ、楽しい」とフレディ。プロセシングをしてからは、フレディも女を誘わなくなる。好きな人を見つけて、セックスが必要無くなったことから、ラブストーリーでもある。
教祖からしたら、トラウマでおかしくなった獣をquellすることができたら、サイエントロジーの理論が初めて証明される。最高の素材が出てきた。フレディからしたら、冒頭の精神科医には言えなかった家族のトラウマを、教祖には言えた。初めて自分をセラピーしてくれる人が出てきた。お互いに依存し合った関係になる。

手コキしながら奥さんが教祖を注意するシーン、その文言は、不倫を認めつつも「フレディはやめろ」と言っている感じがある。酔っ払いとイチャイチャしている夫に、奥さんが怒っている。共に依存し合う恋愛映画でもあり、三角関係の恋愛映画でもある。

③家族
病院で
精神科医に「両親と故郷でテーブルを囲んで、酒を飲みながら笑っている夢を見た」と話したフレディ。デパートで家族写真を撮り始めると、被写体が自分には無いものだからおかしくなる。
今作の撮影は65ミリカメラで撮っているので、粒子が細かく情報量が多いのに、被写界深度が浅いので後ろはボケている。デパートではブッシュ・プレスマンというカメラで写真を撮っているが、その写真用カメラで映画全体を撮ったように見せかけている。 今作は家族についての映画でもある。
今まで、PTAは同じような、家族及び父についての映画ばかり撮り続けている。

ハードエイトはギャンブル狂いの青年を、父親のような殺し屋が助ける話。PTA自身、未成年時代ニセの証明書を作って、ラスベガスでギャンブラーとして生活していたことがある。ほぼ自伝である。

ブギーナイツは、学校の勉強が出来ず親から見放された男が、AV業界に入り、父のような監督のもと擬似家族を作る。PTA自身、高校を一回辞めて、落ちこぼれ高校に行くが、それも退学、金持ち高校に行くが、それもダメで、高校を3回、大学も一日で辞めている。勉強に興味が持てずについていけない男は、映像業界に入ったら成功する。ほぼ自伝である。

マグノリアは、親がガンで死んでいく中で、親と和解する話。PTAの父親は声優・司会者だったが、PTAが生まれると離婚して、別の女のところへ行った。なのでずっと父親のことを恨んでいたが、ガンで亡くなる前に介護しに行き、和解した。全力自伝である。

パンチドランク・ラブは3人の姉の中で居づらい思いをしながら、苛立つことがあると突発的に暴力をふるってしまう男の話。PTAも姉が3人居て、怒りをコントロールできないから、学校とかすぐに辞める。

ゼア・ウィル~は、石油王が家族を求めて裏切られ、息子だけは好きだが、自分の商売を引継ぎそうになったら捨てる。父側に視点を移しているが、家族を求めながら、同時に家族を拒絶している男の話。

ザ・マスターは父を求める獣のような男が、父のような教祖に助けられる。
実父との関係、体の中の悪魔、職場をすぐに辞めてしまうフレディのキャラは、やはりPTA自身である。
シナリオに着手した時にはそういうつもりは無くても、作り始めると全て同じ話になってしまうPTA。つまりザ・マスターも、いつものPTA映画だったのである。

④ストーリーはセリフではなく、歌で説明される

著作権料の発生を恐れて字幕が出ない歌もあるが、歌の歌詞がストーリーを進めている。元々PTAはそういうミュージカル要素、歌で気持ちや物語を説明する要素を使っていたが、前作ゼア・ウィル~は1900年代ということもあり、楽曲creepのガガッの演奏で有名なレディオヘッドのギタリストによる、現代音楽(実験音楽)に変えた。今作でまた、レディオを残しつつその手法を復活させた。

序盤、コート販売員と仲良くなるデパートでは、「Get Thee Behind Me Satan」(悪魔を退けたまえ)がデパートのBGMのようにかかっている。歌はそのまま現像室まで続く。

「悪魔を近くに寄せないでくれ。私は愛してはいけない人を好きになってしまって、私は悪魔に誘惑されているのに逆らえない。私の中に悪魔がいる」

フレディの中にいる悪魔とはセックス、酒、暴力。デパート内で全てやる。

裸の乱痴気シーンで教祖が歌っている歌は、ゲームのアサシン・クリードでも出てくるイギリスの船乗りの歌。
海賊や労働者が宴会及び、重い荷物を運ぶときに歌った蟹工船ソング。詩人・バイロンの詩「もうさまようのはやめよう」を元に作った、「GO NO MORE A-ROVING」。

「私はアムステルダムに愛する女を見つけたから、その場、その場、港から港を渡って女を抱くような生活はやめよう」

フレディも愛するマスターを見つけた。

教祖がフレディに歌う別れの歌は、村上春樹の短編にもなっている中国行きのスロウ・ボート(「(I'd Like to Get You on a) Slow Boat to China」)。

「君と一緒に中国行きの、すごく遅い船に乗りたいよ。いっぱい恋人はいるけれど、それは置いといて、君と二人だけで中国に、ゆっくり船で行きたいね」

別れることになったけど、本当は君と一緒に居たいんだというラブレター・フロム・教祖。
君と一緒に漂流し続けたい。なぜなら君が、僕の理論を助けてくれたから。君が居て、僕は完成できるから、と。劇中のほとんどの移動手段は船である。モデルの教祖L・ロン・ハバードも船乗りで、サイエントロジーは元々海と結びついている団体のようである。ファーストシーンでは海軍として船で戦場・中国にも行っている。全編船ばかりの、どこに行けばいいのかわからなくて海の上を漂流して、一般社会に適応できずに人生をさまよっている人たちの、船映画である。これが機関車ならトーマスである。

エンディング曲は、チェンジングパートナー(「Changing Partners」)。踊る相手を次々と変えていくダンス、ワルツについての歌。

「あなたとせっかく今までワルツを一緒に踊っていたのに、もう交代する時間がきたわ。そうすると、あなたはまた遠くに行ってしまった。次にあなたが戻ってくるまで、私は別の人と踊り続けないといけないのよ」

これも二人の関係を意味している。次々と相手を変えていく人生だけど、いつかまたあなたと会える日が来る。教祖が口すっぱく言っていた、前世・来世でも会う事を意味していると思われる。

⑤意味不明なシーンは、PTAの好きな映画のパロディ

フレディが、バイクで砂漠を疾走して失踪するシーンは難解である。単純に、見物客、息子、信者、三段重ねで「教祖はインチキ」と注意されたことが溜まったからだと思われるが、なぜ、それをこういう意図不明のバイクシーンにしたかというと、PTAが、勝手に映画リメイク欲求、に駆られて、隙あらば好きな映画をパロるからである。
PTAは、何の作品に影響を受けているかを、基本的に答えてくれる素直な少年である。

「メルビンとハワード」(1980)

俺は未見で、日本版DVDも無いこの映画のファーストシーン、ハワード・ヒューズがバイクで砂漠を疾走するシーンが、フレディバイクシーンのパロディ元のようである。WOWOWでのみ放映したから邦題が付いている。
監督は羊たちの沈黙(1990)のジョナサン・デミ。ハワード・ヒューズはアビエイター(2004)でディカプリオも演じたことのある、実在の大富豪。

牛乳配達の貧乏人メルビンが、砂漠で事故ったハワードを助けたところ、ハワードの死後、遺書から相続人の一人に選ばれ、遺産150億円を引き継ぐことになった。しかし裁判で負けて結局貧乏なままの実話を、そのまま、メルビン側の証言通り撮った映画のようである。
PTAは、マイナーだがアカデミー脚本賞も受賞したこの映画を、人生ベスト5ぐらいに挙げていて、多大に影響を受けている。
マグノリアでは、ハワードを演じた俳優、ジェイソン・ロバーズを自分の父親の分身のような役でキャスティングした。フレディが戦争で魚雷の燃料を飲むシーンも、父のように慕うジェイソン・ロバーズから聞いた戦争体験談を元にしている。マグノリアが遺作となった。ガソリン飲んだらだめだ。

「エルマー・ガントリー/魅せられた男」(1960)

この映画も俺は未見。ストーリー全体と教祖の役名の、パロディ元のようである。
バート・ランカスター主演のこの映画は、今作、更にゼア・ウィル~の伝道師の元にもなっている。
ゼア・ウィル~の原作「石油!」はアプトン・シンクレアだが、その弟子、シンクレア・ルイスの書いた小説「エルマー・ガントリー」が、この映画の原作。どちらも1927年出版。
ゼア・ウィル~でポール・ダノ演じる伝道師、イーライ・サンデーのモデルは、ビリー・サンデーとう実在の有名な伝道師。イーライの如く派手なアクションで入信を勧める1863年生まれ。
伝道師ビリー・サンデーはイーライ・サンデーだけでなく、「エルマー・ガントリー」に出てくる役名エルマー・ガントリーのモデルにもなっている。
主人公は、ならず者で酒飲みでヤリチンの流れ者セールスマン。彼は若い女伝道師に出会い、好きになり、気を引こうとその宗教団体に入って、暴力&セールスマン時代の口八丁で用心棒兼伝道師として働く。という話らしい。
口八丁なキャラは違うが、これは、ザ・マスターと同じ話である。エルマー・ガントリーは男女の話なので単純だが、ザ・マスターは男と男の話なので、難解になってしまった。

そして「ランカスター」という教祖の役名は、この映画の主演、バート・ランカスターという俳優の名前から取っていると思われる。「ランカスター」はヨーロッパ貴族の珍しい苗字なので、1930~50年代のアメリカの精神状況、宗教、経済を研究し尽くしているPTAが、偶然ではつけないと思われる。ランカスター・ドッドの名前の元はバート・ランカスターで、アプトン・シンクレアの弟子はシンクレア・ルイス。
ゼア・ウィル~のラストのボウリング場は、主人公のモデルの富豪、エドワード・ドヘニーの屋敷の地下にある朽ちたボウリング場を、またボウリング場に改築し直して撮影している。そんな、ディティールにこだわりすぎて全体がよくわからなくなるPTAである。

「光あれ」(1946)

未見だが、そもそもこれも日本版DVDは無く「そこに光を」という邦題もあり、「そこに光をあらしめよ」としてDMMで1時間の字幕なし配信のみ発見した。
フレディが病院で精神分析を受ける、今作の出発点となるシーンの元になっている。
1945年に戦争が終わって、米軍からの依頼で、精神分析医たちが兵士にセラピーをする様子をジョン・ヒューストンという巨匠監督(アンジェリカ・ヒューストンの父)が撮ったが、結果的には兵士が皆PTSDになっている実態を暴いてしまったので、あかーん、と、最近まで米軍が封印していた。
その中のいくつかの映像を、病院シーンでそのまま再現している。こういう、まず見ることさえ難しい記録映像をパロディするPTAである。

「シャイニング」(1980)

やっと観ているパロディ元。そしてこのブログはここでようやく終わります。直接的なパロディではなく、一番難解な、終盤、映画館での電話シーンの作り方の元になっている。と思われる。
映画館にそんなサービスなど無いが、上映中寝ているフレディの客席に、従業員が丁寧に電話を持ってくる。電話の教祖の言葉通りイギリスに行ったら、教祖居る。このシーンは基本的に夢だと思われるが、イギリスに教祖が居るから訳がわからない。全裸ダンスシーンは
酔っ払いのイメージショットとわかるが、電話が夢だと、教祖がイギリスに居るのはおかしいのである。

PTAはシャイニングにも多大に影響を受けている。ステディカムの使い方、撮り方もかなり似ている。
ゼア・ウィル~はポール・ダノをボコった後、陽気なクラシックが鳴り、そのままエンドロール突入だが、これはシャイニングのラストと同じ手法である。ジャック・ニコルソンが幽霊の一員として記念写真の中に入って、悲惨な事なのに、楽しいクラシック風音楽が被って終わる。長かったけど全てはコメディでしたー、のだめカンタービレでしたーという終わらせ方である。

シャイニングはホラーにも関わらず、幽霊は全てアル中、ジャック・ニコルソンの妄想として撮られている。廊下が血まみれになるシーンがあるが、あれは男の子の予知夢と、予知られるニコルソンの心の中である。
監督キューブリックは、幽霊は宗教だから、と信じないが、超能力は信じている。シャイニングは、男の子の超能力によって、幽霊を信じている親父をやっつける話である。
キューブリックは原作のスティーブン・キングにいちいち電話して「君は幽霊や死後の世界を信じるてるのかい?」「信じてますよ」「幸せなやつだね」と電話を切った。なのでキングは2013年に入っても、キューブリック版シャイニングをディスっている(映画.com 2013年9月30日)。
ただ一点解せない。ジャック・ニコルソンが嫁によって倉庫に監禁された時、幽霊が助けてくれるシーンがあるからである。シャイニングに妄想以外の幽霊が出てこないという事は、「キューブリックからの電話」をキングがすべらない話として当時から吹聴していて有名だったので、倉庫シーンも、当時から不思議がられていた。
『1シーンだけ幽霊が実在する』
これは、ミスディレクションの一種である。このシーンのせいで、全体の理論が壊れて、一つのテーマで読み解けない。全体が破綻するシーンをわざと一ヶ所入れると、心の中で解決しきれないから、いつまでも語られるのである。

シャイニングリスペクトのPTAは、映画館の電話シーンで、このやり方を真似たのだとだと思われる。
イギリスに来たフレディを見た教祖は、どした?ってリアクションである。フレディが「夢を見た」と言っても無反応。霊感があるのは、教祖ではなくてフレディだったのではないか。超能力者であるべき教祖が理解できない事を、フレディの霊感でやってしまった。今作は、マスターは誰か、という映画でもあったのである。
フレディが居なければ、教祖のモチベ的にもサイエントロジーは成功できなかった。船で奥さんは「夫はあなたにインスパイアされたのね」と言っている。はてなキーワードで「
inspire」の最初に載っている訳は「霊感を与える」である。
教祖にとってのマスターはフレディだった。その後、フレディはプロセシングを女にやってみせる。フレディがマスターだったから。そして砂の女と幸せそうに抱き合って終わる。彼は煩悩から解き放たれて解脱した。涅槃した。テーマである鎮静はなされた、と。マスターと会っていろんなことがあったど、為された。

以上。
町山さんは他に、「猿を人間にする話」とも言っている。フレディが壁の往来の訓練に疲れて苦しむカットと、刑務所の檻の中で暴れるカットで、ホアキンは明らか動物園の猿かゴリラを意識した役作りをしていると。
ホアキン・フェニックスのおかげでこんなにも、いくつもの解釈が生まれる。ジェレミー・レナーは好きだが、本当にホアキンが配役されてよかった。
PTAの次作Inherent Vice(原作LAヴァイス)は、マリファナ中毒の探偵がドタバタと活躍する、ロバート・ダウニー・Jr.主演のエンタメ映画である。次はシャーロック・ホームズ(2009~)のように、肩の力を抜いて楽しく見れる。ここで新しいニュースが入ってきた。ジュニアさんが降板して、ホアキンがキャスティングされた。