2014年2月2日日曜日

恋はデジャ・ブ(1993)

タイトルからして普通の感性を持った人なら一生見ない作品だが、かなりの良作である。監督はゴーストバスターズ(1984)脚本とバスターズのメガネのメンバー役でも出演のハロルド・ライミス、主演も同じくバスターズのビル・マーレイ。
存在は知っていたが、鑑賞したのは最近だ。見ようと思ったきっかけは、映画評論家・町山智浩さんのミッション8ミニッツ(2011)の解説動画で、今作が元ネタであると紹介されていたからである。ミッション8ミニッツ、そして今作は、ある区切られた時間が無限にループしていくというもの。
うる星やつら2ビューティフルドリーマー(1984)や、今月公開されるハウンター(2013)、内容よりも「日本のラノベが高バジェットでトムクルにより映画化される」という夢を与えた、オール・ユー・ニード・イズ・キル(2014)等、無限ループものの作品はいくつかある。何せ同じことの繰り返しなので撮影が楽である。その中でも今作は特に支持が厚いようだ。
俺が初めて見た無限ループものは、ウンナン内村主演による世にも奇妙な物語「そして、くりかえす」(1998)である。彼女にフラれ、勤め先の会社も倒産しかけのウツな内村が、なぜかひたすらループされる毎日にはまってしまう。初めは倒産を回避させたり良い事をしようとするものの、リセットされては何をしても無意味と、ヤケになり、ギャンブルで高額を得たり、得た金を使ってクラブの女をナンパをしたりするが、空しさしか残らない。そんなことを赤ちょうちんでグチっていたら、毎日隣に座っていた酔いつぶれた男も「実は自分も同じ境遇である」と明かす。去っていくその男に話を聞くため、引きとめようとするも、彼は工事現場で鉄骨が落ちてくる時間を知っていることを利用して、自殺。内村も同じ方法での自殺を決意し、決行するも、また結局同じ朝に戻ってしまう。完。というもの。
恐怖と羨ましさが同時に襲ってきた感覚は生まれて初めてだったので、世にも奇妙の中でも、やけにこの話は覚えている。まぁそんだけ詳しく覚えているのはデイリーモーションで先ほど見たからである。そしてネタ元である今作を見て、今度は驚きと悲しみが同時に襲ってきた。内村の方、完全に今作のパクリだったのだ。内村の会社は潰れかけているので、出社してもしなくても自由に一日を過ごせるということと、同じ状況の男の出現。新しいアイデアはこれだけである。
つまり今作も内容は同じく、主人公である天気予報士・ビルマーレイが取材に来た田舎町で、同じ毎日を繰り返してしまう。吹雪により道が封鎖されてしまい、街からは出られないというもの。場所設定以外は内村と同じなので、前半の展開に驚きは無い。内村と同じく自殺しようとするが、また同じ朝を迎えてしまう。しかしここから、自殺不可なことに気付いてからの展開がすばらしい。ゴーストバスターズ的な軽いノリで、ものすごく濃く人間を描いている。
始め主人公は、繰り返しの中で得たデータで、メンタリストDaigo的なナンパをすること以外に情熱を持てなかった。「これがメンタリズムです」とばかりに、セックス。エロ以外では斜に構えて田舎者を人間観察しておちょくる、リリーフランキー的なノリというか、揚げ足を取ってはツッコむニコ動的ノリ、つまり、いつものビルマーレイだったのだが、暴食や破壊やワンチャンの繰り返しの中、大きな壁、「壁」っていっても口説けない女のことだが、どう頑張っても上澄みだけでは彼女が落とせないという壁にぶち当たる。自殺もできずヤケになるが、それさえも乗り越えるとスッと煩悩が無くなる。
口説くことを止めてからは、ホームレスの死もきっかけとなり、少しでも街全体を良くしよう、そして毎日少しずつ色々なことを訓練して自分を高めようと、向上し始め、やがてピュアで前向きなすばらしい人間になるのである。ポテンシャルが、素質が、基礎体力そのものが変わってしまうのである。そんな人間がピュアになるかと疑うかもしれないが、ビルマーレイは元々好きな女の為に変わっていったのである。恋愛感情は世界を変えるのである。これを17分の世にも奇妙ごときに上澄みだけもってくのは、この映画のメッセージと間逆の事をしているのである。
世にものバカな脚本と違い、街にビルマーレイの車が入るシーンで街の人口が「6782人」であることを何気なく看板で提示して、舞台設定が非常に小さいことを示したり、相手にあった口説き文句を探る箇所では、コメディシーンだとわからせるために昔のコントのような編集にしたり、モノローグを無くして説明不足にさせ、科学的にループになった理由は?とか、愚問を観客に抱かせなかったりと、小手先のテクニックも憎らしいほどすばらしいのである。
だがふと疑問がわく。前の性格もよかったんじゃねーの?ということである。しかしそろそろ僕らも大人である。わかりやすく考えるなら、ふかわりょうのような人間と中山秀征のような人間、どちらになりたいか。どちらで居るべきかということである。
ふかわは才能もあっておもしろいかもしれないが、ディレクターの「これやってください」に対して、寒いと思ったらやらないだろう。そして後でこそこそバカにするだろう。一方微塵も面白くないヒデちゃんだが、ディレクターの指示には明るく何でも答えてくれる。恨みも持たれず、みののおもいっきりテレビを引き継いで当然の男である。片やふかわ、都民税で作られたテレビ局とラジオ以外、レギュラーはあるのだろうか。そろそろふかわからヒデちゃんにならないと、このまま孤独死を迎える。この作品はヒデを認め、ヒデになる話だったのだ。
自分は今の性格のままおっさんになってしまうのだろうかと、少しでも考えたことがある人なら是非とも鑑賞してほしい。三代目組長になったヒデは彼女をゲットできるのか?ぜひその目で確かめて欲しい。「静かなるドン」絶賛絶版中!
※ちなみに全く意識してなかったが、ビルマーレイが繰り返す日はこのブログと同じく2月2日である

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