2014年1月11日土曜日

180回目の呪い2

身長が高すぎるゆえ工場のBBA共に「あの箱とって」とよく指名される埼玉の聖子ちゃんカットは、石橋さんという名前であった。
BBA共は一階の若い派遣とは違い、羞恥心というものがなく、よく商品名の独り言を言いながら作業していた。確かにその方が間違うことなく業務を進めることができるし、皆がやっていることなので、呟いたところで通常の職場のように「どした?」「頭壊れた?」と心配されることもなく「あんたそんだけ呟いてたらフォロー外されるよ」という最先端ギャグでつっこまれることもない。その場所ではごく日常の風景であった。よって、自分はいちいちBBAの独り言に耳を傾ける余裕もないので、耳をシャットダウンさせていた。
それが間違いだった。否、セイコウだったのかもしれない。一人で過疎化されたエリアの棚で作業していたところ、運命の糸に絡み合うような格好でもって、180センチの石橋さんもそこに来て作業を始めた。相も変わらず、ずっと商品名の独り言を言っている。と、思っていたら俺の視界に石橋さんの腕が入ってきた。その腕は、俺の目の前の商品をつかみ、口からは「アルバイトだからねぇ~」と面倒そうに放ちつつ、石橋さんのもう片方の腕の肘へとインサートされた。
石橋さんは、独り言でなく、おそらく俺に「あの箱とって」と言っていたのである。しかしこちらは聴覚をシャットダウンしたまま作業に没頭していたので、それに気付かないのである。そんな二人のすれ違いは、俺を人道的介入を許さぬ人間と思った石橋さんの、アルバイトだからねぇ~(まぁ私はいいんだけどねぇ~)という諦めの呟きを生んだのである。
そして自分の脳は「それさえも独り言」と処理し、全てを聞こえていない体裁でもって、無視した。石橋の腕は、何度も自分の目の前と石橋の残された腕を行き来した。この非常事態に、今は耐え忍ぶとき、と、ひたすら沈黙を守っていた二人であったが、腕の往来は続いた。かなりの量の商品が必要だったようだ。そして横目で見ると、石橋の残された腕には幾十も商品が積み重なっていた。いや危ない!商品を床に落とすのは当工場において重罪ですよ!心にとどめておいたが、石橋は制御の利かぬ幼児のごとく、腕に商品を積み重ねる。商品は幼児の触る積み木がごとく、積み重なっていく。そして案の定、グレた子供のように積み木は崩れた。
その瞬間石橋は「産まれちゃうっ!」と言いながらヒザから崩れ落ちた。商品は石橋の足元に降り注いだ。何が起きたのかわからなかったが、ようやく俺は我慢できずに吹き出した。今わかることは「石橋が身篭ってくれた」ということぐらいである。
その後も、石橋は俺に出会うたび「とけちゃう」。急ブレーキ。「石橋です」という名言をいくつか残した。溶けた件に関してだが、工場の日陰から夏の日向に出た瞬間、石橋は一人で「とけちゃう」言っていた。ブレーキの件は、「尊敬する先輩の話」として、石橋のことを上司に話していたところ、石橋が通りかかり、駐輪場へと上がった。一階はバイク、二階に自転車の駐輪場があり、自転車は手で押して、上げたり下ろしたりしないと二階には持っていけない。その急な坂に上がって十数秒後、石橋は自転車にまたがりノンブレーキで下りてきた。そのまま突然ブレーキをかけ地面を半回転させながらドリフトし、帰宅した。上司は後に、石橋に、俺が石橋を尊敬していることを漏らしたようで、石橋は突然俺に話しかけてきた。「あなた、石橋さんが面白いって言ってくれたみたいだけど」石橋は俺の目を見下ろしながら自身のネームプレートを摘んだ。
「石橋です」。糞ウザかった。
どうでもいいが、この工場には「石原さとみ」の他に「大竹しのぶ」というBBAも居る。石橋に関しては、本気で石橋貴明の親戚でないかと疑っている、、、

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